セイタンと馬車の話

グルジェフ理論に馬車の話があるのですが、
 
馬車には、馬、車、運転手があり、それに主人が乗っています。
 
馬は気まぐれであちこち行きたがります。
馬車はきちんと整備されないと途中で脱輪したりします。
運転手は、きちんと知識を持って、馬を扱うことに有能でないと主人の行きたい場所にいけません。
 
この馬車を、人間のセンターに当てはめると、
馬車は、運動センターとなります。
馬は、感情センターとなります。
運転手は、思考センターとなります。
 
そしてそれらに指示を与えるのが「主人」です。

この主人が、我に生を与え、我を人間的に成長させ、我が神になるのを許す何かです。

禅の世界では、観察者と言います。
L・ロン・ハバード流に言えば、主人=セイタンとなるでしょう。
 
観察者の視点を、よかったら、見てみて下さい。

畳の上のEメーターたち

リリース・メーターに魅せられた人の独り言です。🌟

0コメント

  • 1000 / 1000